母親から虐待を受けていたからと主張する社会に適応できない女性

ある時若い20代前半の女性が来て、訴えました。

自分はとかく社会に上手く適応できないけど、幼いときに母親の虐待にあっていて、それがトラウマになっているからだと。 母親は先日、虐待を認めて謝ったけど、だからと言って、それで現実の問題が解決されたわけではない、と。

さて、幼いときにはたしてどのようなことが原因となって今の彼女を作り上げているのかを調べるため、退行催眠で彼女の記憶を辿ることにしました。

はたして、その原因となった場面として彼女の記憶に蘇った場面とは・・・

それは、小学生の時で、朝、学校へ行くので、幼い幼稚園の妹と二人で、家の玄関にいて、出ようとしている場面でした。 そこにはお母さんもいました。

そこで、幼い妹は体具合が悪いと言ってお母さんに訴えている場面でした。

その時の彼女は幼い妹よりは少し大きなお姉ちゃんだったわけですが、どんな気持ちか尋ねたところ、お母さんが自分をかまってくれないので辛い、という答えだったのです。

お姉ちゃんとはいえ、幼いことには変わりありませんし、その当時の彼女にとっては、お母さんが妹ばかりにかまって自分にはかまってくれないことは、確かに辛いことだったのでしょう。

さて、退行催眠療法というものはこの辛さをどうこうして解消させるようなものでは実はありません。 辛いことは決して楽しいことではないかもしれませんが、潜在意識というものは、とても耐えられないほどの辛いことは決して思い出させてはくれないものなのです。

もし、耐えられないほどの辛いことを無理に思い出させた場合、人間としての正気は保てなくなりますので、そのようなことは思い出さないのです。 思い出すということは、それがたとえ辛くても耐えられるから出てくるわけです。 (退行催眠で誰でも何でも思い出せるわけではないこともお分かりでしょう。)

さて、ここで、催眠中といえども普段の日常の顕在意識も同時に働いているということはこれまで繰り返し述べてきました。 クライアントの彼女はこの場面を思い出しているとき、その当時の彼女としてその当時の記憶とか感情とかが蘇ってきてるわけで、その幼い彼女が、お母さんがかまってくれない、辛い、と訴えてるわけです。

では、普段の日常の今の大人の彼女はどうなのでしょうか?

同じ場面をみつめながらも、今の(成長した)大人としての視点で感じているものなのです。 これが退行催眠で思い出す記憶というものなのです。

重要な点なのでもう一度言いますが、退行催眠で思い出す記憶というものは、

その当時の状況下での記憶と同時に現在の(成長した)人間としての視点でも、両方の視点から同じものを見ているということなのです。

話を戻しますが、この時、問題解決、癒しが起きるか、何も変化は起きないかは、クライアント次第なのです。

もし、現在の大人の視点が、「お母さんが自分をかまってくれなかったのは別に自分を愛してくれてなかったからでもないし、ただ、小さな妹が具合が悪かったからというだけで、大きな自分にかまってる暇がなかっただけなんだ、自分が虐待されていたと思っていたのは自分の単なる錯覚にしか過ぎなかったんだ」、と思えたなら、そこで必然的に間違った思い込みは解けてトラウマも解消され、結果として現在の様々なことに適応できてないという状況にも変化が起き得るものですが、

もし、現在の大人の視点も、「やはり自分は辛い目に遭わされて来ていたんだ」と思うようですと、トラウマの解消も何も起きず、何も変化は生じない、という結果になるわけです。

人というものは成長なくして問題解決もおきないものなのです。 ただ、催眠療法で療法に必要とされる成長のレベルはこの程度のもので、決してクライアントさんに優れた人格や知性までをも要求されるものではありません。 もちろん、優れた人格や知性であるに越したことはありませんが、そんなにハードルの高いものではありません。

以上です。

注) 補足ですが、すべての退行催眠がこのパターンに当てはまるものではありません。念のため。